国鉄 大崎駅 (1)<苗木原トライアングル>

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(1) 昭和26年(1951年)6月現在 

 蛇窪と目黒川が信号場として大崎駅とは独立した停車場であった時代のものでしょうか。折本式線路図面的には、新鶴見からの品鶴線の延長として描かれています。目黒川信号場の信号扱い所が描かれていない点、やや残念ですが、これについて興味のある方は、f54560zgさんのブログである「懐かしい駅の風景〜線路配線図とともに」の中の、2010年6月 5日 (土)付けの記事「大崎配線図 追加」(URLは下記)に掲載されている昭和32年3月現在の配線略図を参照していただければと思います。

http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-dfaf.html

 昭和35年6月の電車化まで、特別急行つばめ号、はと号の展望車付きの客車が、東京発の下り列車として展望車を最後尾にするため、この大崎ー蛇窪ー目黒川の変形三角線(苗木原トライアングル(※1))で方向展開していました。件の特別急行編成客車は、東京到着後、機関車を品川方につけかえ、品川、目黒川、山手貨物線経由で下図にある大崎駅の中線へ回送され、その後、推進運転にて蛇窪信号場へ、そして、蛇窪信号場の<品鶴下り本線2区>より、品鶴上り本線へ転線して品川方へ出発、目黒川信号場経由で品川客操車場へ戻ることで、列車の向きを編成ごと方向転換し展望車を最後尾へもってきていたわけです(※2)。

 客車特別急行つばめ号、はと号の電車化以降、列車の方向転換に、この三角線がどの程度使われていたのかを調べることはできませんでしたが、大崎駅の配線変更や蛇窪、目黒川の信号扱い所の統廃合後も、この三角線による方向転換の一つの頂点となる蛇窪の渡り線と上り本線の品川方へ出発信号機は残っていました。ただし、昭和55年、横須賀線電車が品鶴線経由になってからは、折り返し地点が蛇窪から湘南貨物駅(大船ー藤沢間の東海道貨物線上にあった貨物駅)になることもあったのだとか(※2)。

 次に、貨物専用線ですが、下図大崎駅構内、入換標識32号より先の線が、三共薬品の引込線のようです(※1)。ただ、この「三共専用線」ですが、昭和32年現在(一部昭和昭和35年現在)3月27日付け専用線一覧表(※3)には、すでに記載がないため、遅くとも、昭和35年頃までには、廃止になっていたようです。またこの時代、明電舎や東元工業の専用線は、まだ敷かれていなかったようです。

(※1)「その昔<つばめ><はと>が方転した謎の場所 苗木原トライアングル 文:吉川嘉彦」 Rail Magazine No.158 1996年 11月号 ネコ・パブリッシング発行 特集「メインライン東海道」 20〜21ページ を参考にさせていただきました。

(※2)「山手線主要駅の配線を見る 文:吉江一雄」 別冊時刻表13 写真で見る山手線100年 日本交通公社 昭和60年6月1日発行 151〜152ページ を参考にさせていただきました。

(※3)トワイライトゾーンマニュアル7 巻末付録 より ネコパブリッシング レイル マガジン 1998年11月号増刊 

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(2) 昭和36年(1961年)3月現在 

ア、大崎駅

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イ、目黒川信号場 及び 蛇窪信号場

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ウ、大崎駅と苗木原トライアングル

 並べてみるとわかりやすいかなと思ったのですが、それほど変わりませんね・・・(汗)。

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<参考・補足事項 2017年2月26日追記>

 掲示板の方でf54560zgさんより推進運転の場合の品鶴下り本線2区における停止限界の取り扱いに関する質問をいただいたのですが、私の勉強不足もあり、残念ながらお答えすることはできませんでした。ただ、示唆に富む質問コメントをいただいたおかげで、大崎〜蛇窪間における推進運転に関する規定に気が付くことができましたので、ここに抜粋し、紹介したいと思います。f54560zgさんには深く感謝申し上げます。

 以下青字の部分は、すべて、「運転取扱心得及び同細則」附関係令達 昭和37年1月 東京鉄道管理局 からの抜粋です。昭和39年に新しく「運転取扱基準規程」が制定される以前の国鉄における運転取扱規定です。

 「運転取扱心得」(昭和23.8.5 達第414号)「運転取扱心得細則」(昭和26.11.8 東管達甲第366号)とあり、「運転取扱心得」の方が本社規定、「同細則」の方が東京鉄道管理局独自の局規定に相当すると考えられます。

補足1 昭和37年1月頃の山手線、品鶴線における大崎界隈の常用閉そく方式 

 東海道新幹線の工事の影響でしょうか、品鶴線、山手線の一部が単線化されていたようです。

「運転取扱心得及び同細則」附関係令達 昭和37年1月 東京鉄道管理局 の正誤及び昭和37年1月以降3月20日までの改正追加訂正より

細則・第82条別表 常用閉そく方式一覧表

「東海道本線 複線自動閉そく式 品川〜新鶴見間」を 「東海道本線 単線自動閉そく式 品川〜蛇窪間  複線自動閉そく式 蛇窪〜新鶴見間」に追加訂正。

「山手線   複線自動閉そく式 目黒川〜田端操間」「山手線   単線自動閉そく式 目黒川〜大崎間 複線自動閉そく式 大崎〜田端操間」に追加訂正。

(注)「東海道本線 複線自動閉そく式 大崎〜蛇窪間」については訂正なし。 

補足2 特殊取扱方 昭和37年1月

細則・第224条 この細則によるのほか特殊取扱方を次のように定める。

(1)大崎蛇窪間及び上野尾久間推進列車の取扱方

 イ 推進列車の前頭車両に特殊の制動弁と警笛とを装置して、これに機関士が乗務する。

 ロ 推進列車の本務機関車に乗務している機関士は、次の取扱をしなければならない。

  (イ)列車が蛇窪信号場、上野駅又は尾久駅に到着の際は、次の取扱により列車を停止させること。

   a 蛇窪信号場及び尾久駅

    推進列車停止目標の内方に本務機関車を進入させて停止すること。

   b上野駅

    推進列車停止目標の位置に本務機関車の機関士座席を中心として停止すること。

  (ロ)大崎駅停止の際は、自動制動弁を使用し、停止後列車の制動を緩解、制動管圧力計指示の変化に注意しなければならない。

  (ハ)運転中は空気制動機の圧力計を注意して前頭車両の機関士が減圧を始めたときは直ちに自動制動弁を重り位置に移して加減弁を閉じ列車が停止したときは、出発合図があるまで自動制動弁をそのままにしておくこと。

 ハ 推進列車の前頭車両に乗務している機関士は、次の取扱をしなければならない。

  (イ)推進運転を始めるまえに制動管のひじコツクを開き圧力計、汽笛その他に異状のないことを確認したうえ、制動弁で制動作用の試験を行うこと。

  (ロ)制動通貫試験終了後、列車の前部標識の整備を確認すること。

  (ハ)信号機に停止信号の現示があつたとき及び前途に支障のあつたときは停止手配をすること。

  (ニ)必要に応じて汽笛を吹鳴すること。

  (ホ)停止中やむを得ず自席を離れるときは、特殊制動弁を急制動位置に移し、本務機関士に対し、移動禁止合図を表示して置くこと。

  (ヘ)停車場間の途中に停止し、再び進行を開始するときは本務機関車の機関士に対して昼間は緑色旗を現示し、夜間は緑色燈を円形に動かして合図すること。

  (ト)蛇窪信号場所定の位置に停止したときは、列車の標識を変更し制動管ひじコツクを閉じたうえ、駅長に対し次の合図をすること。

     昼間 片腕をあげ大きく円形に動かす。

     夜間 白色燈を掲げ大きく円形に動かす。

 ニ 上野駅では、次の取扱をしなければならない。

  (イ)推進列車を到着させるとき操車掛は、列車の到着まえに推進列車の最後部機関車が停止すべき位置を示すためにその位置に推進列車停止目標を表示してその附近で列車の到着を注視すること。

  (ロ)地平線では、推進列車の前部車両と車止との間は、20メートル以上を隔てること。

  (ハ)駅長は推進列車編成に注意して、その組成車両については、あらかじめ尾久駅長と打ち合わせておくこと。

 ホ 推進列車停止目標は、推進列車が蛇窪信号場及び上野駅に到着するとき、本務機関車の停止位置を表示する。

 ヘ 推進列車停止目標は、夜間照明しなければならない。

(2)品川駅の取扱方

 目黒川信号場は、品川駅の構内として運転取扱をするものとする。

(3)〜(10)は他停車場、他線区についての項目なのでここでは省略します。

(※)推進列車停止目標

補足3 特殊取扱方 昭和37年11月20日 特殊制動弁を使用した推進運転取扱方の廃止

 その後、この「運転取扱心得細則 東京鉄道管理局」は、昭和37年11月20日付けで改正されたようなのですが、その改正は、この大崎・蛇窪間における推進運転の取り扱い方についても及んだようです。以下では、当該改正についての注意事項を紹介したいと思います。ただし、残念ながら、改正後の「運転取扱心得細則」の条文本文は手許にありませんので、紹介はできません。

 下記注意事項7を読みますと、すでに昭和37年11月20日の時点で、大崎〜蛇窪間の推進運転は想定しなくなったのですね。もちろん、だからと言って、苗木原トライアングルを利用した方向転換をしなくなったというわけではありませんが。

 ただ、ここでますます気になるのは、推進列車ではない折り返し列車が、蛇窪信号場の「品鶴下り本線2区」に進入する場合、列車の停止限界はどこだったのかということだと思います。

「通達及び注意事項集(運転関係)昭和38年1月 東京鉄道管理局」より

品川・蛇窪・大崎間における運転取扱方の改正について(運転部) 

(37.11.20 注意事項)

 本日東管達甲第199号で運転取扱心得細則が改正されたが、目黒川信号場及び蛇窪信号場の運転取扱方については、特に次の事項について注意されたい。

1 目黒川信号場及び蛇窪信号場は、大崎駅品川方信号扱所における遠隔操作によつて信号機、転てつ器を取り扱うことになつた。

  したがつて、目黒川信号場及び蛇窪信号場は大崎駅構内の信号扱所の性格を持つているので、運転の取扱については、同一構内とみなすこととした。(第224条)

  これに伴つて、目黒川信号場の品鶴線及び山手線の上り場内信号機は、大崎駅最外方の出発信号機とまた、蛇窪信号場の大崎支線上り場内信号機及び品鶴線下り場内信号機は大崎駅最外方の出発信号機として取扱方をすることになる。

2 目黒川信号場及び蛇窪信号場には、掛員が常勤しないので、信号機故障の場合の取扱方は、次によらなければならない。

  (1)目黒川信号場の下り場内信号機及び蛇窪信号場の品鶴線上り、大崎支線下り各場内信号機が不良の場合は、手信号代用器によつて列車を進入(通過)させるものであるが、大崎駅品川方信号扱所において予知できない場合で、機関士が信号機不良を発見した場合は、信号機に附設した電話機により大崎駅品川方信号扱所と連絡のうえ進入してもよい。(第144条)

     この場合、大崎駅品川方信号扱所においては、これらの信号機の防護区間に列車のないこと及び転てつ器が正当方向に開通していることが確認できるときに限り、機関士にその旨通告して手信号代用器を使用する。

  (2)目黒川信号場の上り場内機及び蛇窪信号場の品鶴線下り、大崎支線上り各場内機が不良の場合は、出発信号機不良の場合に準じて閉そく方式を変更しなければならない。(第92条)

3 大崎駅の大崎支線上り出発信号機、蛇窪信号場の大崎支線下り場内信号機、品鶴線上り場内信号機及び目黒川信号場下り場内信号機が不良の場合は、従来閉そく方式を変更していたが、今後は大崎駅の第1出発または第1場内にあたる信号機となるので、閉そく方式は変更しない。(注:心得条文附属の問答より、「構内は駅長が進路を確認できるから手信号だけでよい。」とのことです。)

4 大崎・蛇窪間及び目黒川・蛇窪間の閉そく信号機が不良の場合は、停車場構内にある〇号閉そく信号機不良の場合と同一の取扱で運転し、閉そく方式は変更しない。

5 目黒川及び蛇窪信号機が不良となり、閉そく方式を変更する場合は、すべて、大崎駅長が相手停車場と打合せのうえ閉そくの取扱を行う。

  また、品川・大崎間及び品川・蛇窪間で閉そく方式を変更する場合は、品川・大崎間及び品川・蛇窪間を含めて1人の指導者を選定する。

  この場合は、品鶴線または山手線のいずれか一方の運転を行い、大崎・蛇窪間の指導者陸送はやむを得ないときのほかさけるようにする。

6 信号機及び転てつ器の不良を発見した大崎駅長はすみやかに掛員を派遣し、転てつ器の手回し、鎖錠などすることは他の場合と同様である。

7 大崎・蛇窪間には、特殊制動弁を使用した推進運転列車の取扱を定めてあつたが、現在はこれを必要とする客車編成の列車もなくなり、また、もし今後その必要の生じたときは機関車をつけることとして大崎・蛇窪間の特殊制動弁による推進列車の運転は行わないこととした(第224条第1号)

8 蛇窪信号場の下り本線から品川方に折返し出発する列車に対する駅長の出発合図又は、出発指示合図は蛇窪信号場に掛員が常勤しないので省略することにした。従つて機関士は出発信号機に進行を指示する信号が現示され、且つ所定の時刻になつたときに出発することとし、車掌の出発合図も地形的に出発信号機が見透困難のため省略することにした。(第224条第2号ロ) 

       

(3) 昭和41年(1966年)3月現在 

 目黒川、蛇窪の信号場が統廃合され、苗木原トライアングルを大崎駅構内として、列車の運転を一括して扱うようになったようです。その時期ですが、日付不詳ですが、昭和40年12月付けの大崎駅内部資料に、連動装置が第一種継電連動装置となり、南部、北部、蛇窪の各信号所が、電車、列車信号所に統廃合された旨の記載があるそうです(※4)。

 ただ一つ、よくわからないのが、目黒川信号場の信号扱い所です。昭和40年といえば、すでに東海道新幹線が開通していたはずで、目黒川信号場あたりは、海側に東海道新幹線の高架線が品鶴線にぴったりと寄り添っているはずで、あの場所のどこに信号扱い所があったのかなぁ、新幹線工事の際、邪魔にならなかったのかなぁ、と思うわけです。

(※4)「旧国鉄・JR鉄道線 廃止停車場一覧 補訂第2版 高山拡志 編著」平成12年5月1日発行 185〜186ページを参考にさせていただきました。

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