国鉄 国分寺駅と下河原線

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(1)昭和37年 (1962年) 3月現在 

(A)国分寺駅

拡大版 (ファイルサイズ 854KB)

(B)下河原線

 この当時はまだ通票閉そく式だったようです。ただし、昭和40年3月の関東支社の運転取扱基準規程をみますと、国分寺〜東京競馬場前間はすでに単線自動閉そく式となっていました。

 下河原駅の「南武鉄道」という記載が気になりますね。

 南武鉄道は、昭和19年に鉄道事業が国有化されたのですが、会社としては解散せずに存続し、「バス事業を立川自動車運輸(現・立川バス)に継承し、鉄道路線以外で保有していたわずかな土地を管理する会社となった。」(ウィキペディア「南武線」より。)らしいのです。そして、現在でも、東京都新宿区に本社がある太平洋不動産として存続しているのです(※)。

 ここからは推測なのですが、どうやら上記の「わずかな土地」には、砂利採取場なども含まれていたのではと思われます。

 実際、「トライライトゾーンマニュアル8」(ネコ パブリッシング発行)所収の昭和26年版「専用線一覧表」をみますと、中央本線・国分寺駅・接続または所管の専用線の一つとして、

「国分寺 契約相手方 南武鉄道株式会社 第三者使用 東京急行電鉄株式会社 作業方法 国鉄機 作業粁 7.2 専用線種別 側線 記事 下河原砂利線に接続」

とあり、「南武鉄道株式会社」の名前をみることができます。ちなみに、南武線の宿河原駅と中野島駅の側線にも「南武鉄道株式会社」の名前がでてくるのです。自社の土地から採取される砂利を鉄道会社等に販売していたのでしょうか?

 所管または接続駅が、下河原駅ではなく、国分寺駅なのは、下河原線が一時期、国分寺駅の側線扱いだったためと思われます。

 そして、昭和28年版「専用線一覧表」(トワイライトゾーンマニュアル4所収)からは、北府中駅、下河原駅の項目をみることができるのですが、下河原駅に南武鉄道株式会社の専用線の記載はなくなります。また以後の年代の専用線一覧表でも下河原駅の専用線の欄に「南武鉄道株式会社」の名前をみることはできません。

 ですので、昭和37年の線路図上の「南武鉄道」の記載は、少なくとも昭和26年頃までは存在した南武鉄道株式会社の専用線の消し忘れなのではと思われます。

(※)太平洋不動産ホームページ http://www.taiheiyofudosan.co.jp/ 南武鉄道が前身であることにも触れられています。

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(2) 昭和46年 (1971年) 3月現在

(A)国分寺駅

 昭和37年の図面では描かれていた、西武国分寺線の場内、出発信号機が描かれていませんね。信号扱いが国鉄とは別になったのでしょうか。

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(B)下河原線

 図では描かれていませんが、「甲州街道」踏切と東京競馬場への分岐点の間で、南武線を乗り越えていたようです。

拡大版 (ファイルサイズ 634KB)

 

(3)下河原線 昭和48年4月1日

 武蔵野線開業時の線路図です。下河原線の北府中〜下河原間は、武蔵野線の貨物支線として残りました。

 北府中の下河原線の出発信号機は、「10LF」だと思われますが、信号機のシンボルの○が消えてしまっています。

 武蔵野線の西国分寺〜北府中間は、一部区間、下河原線の路盤を改良して開通したのですが、武蔵野線の路盤完成後は、武蔵野線開業の前日まで、下河原線の列車がそこを利用したようです。下図、右端、西国分寺駅の上り出発信号機の建植キロ程28.561の数字が書かれている左下に残っている一点鎖線は、国分寺からの下河原線の線路を表していると思われます。

 この下河原線と未開業・武蔵野線・新路盤との合流点を北府中駅側からとらえた写真が、鉄道ピクトリアル2011年2月号別冊「鉄道記録写真集 鉄道青春時代 国電(1)久保 敏 小山政明編」(鉄道図書刊行会)の81ページに掲載されています。撮影日は、昭和48年2月24日、撮影者は奥野利夫さんです。

 また、下記ホームページの写真を拝見させていただくと、

http://www.geocities.jp/rail_m_eg/2page_n/shimogawara2n.htm

武蔵野線開業直前の北府中駅では、下図「3番線」と東芝専用線の間に、下河原線・北府中駅の仮設ホームが作られ、下河原線の電車が発着していたようですね。

 この北府中〜下河原間の貨物線も、昭和51年9月20日に廃止となりますが、その最末期の様子は、

 「トワイライトゾーン マニュアル15」(ネコ・パブリッシング)の258〜263ページの記事

「全国”謎”探検 下河原線の思い出 −あれから30年の時が流れ…− 古谷雅之」

の中で多数の写真とともに詳説されています。

拡大版 (ファイルサイズ 1.13MB)

 

 

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